2025.06.18
近年、従業員の健康を経営資源と捉え、戦略的に投資する「健康経営」への関心が高まっています。その中で注目されているのが「プレコンセプションケア」です。プレコンセプションケアは、将来の妊娠や出産を見据えた健康管理の考え方であり、従業員のウェルビーイング向上や企業の持続的な成長に貢献する可能性があります。
本記事では、プレコンセプションケアの基本から、健康経営における位置づけ、日本での取り組み状況、企業が導入するメリット、具体的な施策例、そして導入にあたっての課題まで、詳しく解説します。
プレコンセプションケアとは「妊娠前の健康管理」のことをいいます。
世界保健機関(WHO)では、「妊娠前の女性とカップルに医学的、行動学的、社会的な保険介入を行うこと」と定義されています。単に妊娠を希望する女性だけでなく、性別に関わらず、若い世代すべての人々が自身の健康状態に関心を持ち、将来のライフプランニングに備えるのが目的です。適切な知識を得て行動することで、より健康的な生活を送れるようになるでしょう。
「健康経営」とは、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践する取り組みをさします。企業が従業員の健康維持・増進を図ることは、生産性の向上や組織の活性化につながり、結果として企業価値の向上にも貢献すると考えられています。
経済産業省は、特に優れた健康経営を実践している企業を「健康経営優良法人」として認定する制度を設けています。大規模法人部門の認定申請においては、「健康経営度調査」への回答が必須です。
また2024年には、健康経営度調査の項目の中にプレコンセプションケアに関する設問が加わりました。「プレコンセプションケアを知っているか」「プレコンセプションケアに関する具体的な取り組みを実施しているか」といった内容が含まれており、健康経営においてプレコンセプションケアの重要性が認識され始めていることがうかがえます。
出典:「健康経営とは - ACTION!健康経営|ポータルサイト(健康経営優良法人認定制度)」
「令和6年度 健康経営度調査」
健康経営優良法人認定制度は、日本健康会議が進める健康増進の取り組みをもとに、特に優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度です。
健康経営優良法人認定制度は、健康経営に取り組む企業が社会的に評価される環境を整備することを目的としています。「見える化」を進めることで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人」として認識されるようになります。
認定を受けることで、自治体や金融機関によってはインセンティブが受けられる場合もあり、企業にとってメリットのある制度です。
プレコンセプションケアの主な目的は、若い世代の健康を増進し、より質の高い生活の実現です。
具体的には、若い男女が自身の健康について正しい知識を持ち、生活習慣を見直すことで、将来の健康リスクを減らすことを目指します。例えば、適切な栄養摂取、運動習慣、禁煙、感染症予防などが挙げられます。
これらの取り組みは、本人の健康寿命を延ばすだけでなく、将来子どもを持つことを考えたときに、次世代の子どもたちがより健康に生まれてくる可能性を高めることにもつながるのです。
日本においては、若年層のやせや生活習慣病につながる肥満、喫煙、持病の管理不足、さらには晩婚化・晩産化に伴う高齢出産など、妊娠・出産におけるリスク要因が依然として課題となっています。
こうした状況を踏まえ、国もプレコンセプションケアの推進に動き出し、令和5年に閣議決定された「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」(成育医療等基本方針)では、重点課題の一つとしてプレコンセプションケアの推進が明記され、「女性やカップルを対象として将来の妊娠のための健康管理をうながす取組み」と定義されています。
具体的な動きとしては、2015年に国立成育医療研究センターが日本で初めて「プレコンセプションケアセンター」を開設し、専門的な相談や情報提供を開始しました。また、地方自治体独自の取り組みとして、専門家によるセミナーや情報発信を行う動きもみられています。
出典:「「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」に基づく学校等におけるこどもの性と健康に関する普及啓発等の取組の充実について」
2022年の「女性活躍推進法」改正など、女性が働きがいを実感し、多様なキャリアを築ける社会を目指す動きが活発化しています。しかし、依然として女性特有の健康課題がキャリア形成の障壁となるケースは少なくありません。
東京都が2023年に実施した調査によると、月経痛やPMS(月経前症候群)、更年期症状といった女性特有の健康課題や症状が原因で、昇進や希望する業務への異動などを「あきらめたことがある」と回答した女性は、全体の約3割にものぼりました。これは、本人のキャリア形成にとって大きな機会損失であると同時に、企業にとっても貴重な人材の能力の発揮を妨げる要因となり、結果的に企業の損失にもつながっています。
企業がプレコンセプションケアを含む女性の健康支援に取り組むことは、従業員のウェルビーイング向上はもちろん、人材確保や生産性向上といった経営課題の解決にも貢献する重要な施策といえるでしょう。
妊娠を希望する従業員が、不妊治療や検査のために通院しやすい環境を整えるための施策を整えることが重要です。不妊治療を目的とした通院等のために、月1回程度の特別休暇を付与する制度(妊活休暇、ファミリーサポート休暇など)を設ける企業が増えています。
また、不妊治療に限らず、生理痛やPMS、更年期症状など、女性特有の体調不良時に利用できる休暇制度を導入する動きも見られます。こうした休暇制度は、従業員が安心して働き続けられる環境整備に必要であり、心身の負担軽減につながります。
がんなどの病気は、早期発見・早期治療が重要です。特に、乳がんや子宮頸がんは女性に多い疾患であり、定期的な検診が推奨されています。
企業によっては、法定の健康診断に加えて、これらの婦人科検診の費用を全額または一部補助する制度を導入しています。これにより、従業員の受診率向上を図り、病気の早期発見のサポートが可能です。経済的な負担を軽減することで、従業員がためらうことなく検診を受けられるよう後押しすると、長期的な健康維持にも貢献します。
出典:「プレコンセプションケアの取り組み」
プレコンセプションケアや女性の健康課題は、女性だけの問題ではありません。職場の理解と協力体制を築くためには、男性従業員の理解促進が重要です。
そのため、女性のライフステージにおける心身の変化や、それに伴う健康課題(月経、妊娠、出産、更年期症状など)について、男性従業員を対象としたセミナーや研修を実施する企業があります。特に、女性部下を持つ管理職に対して、適切なコミュニケーションや配慮について学ぶ機会を提供すると、ハラスメント防止や円滑なチーム運営にもつながり、組織全体で女性の健康を支える雰囲気を作るうえで効果的です。
女性従業員が安心して相談できる体制を整えるために、女性の保健師が対応する専用の健康相談窓口を設置する企業があります。対面だけでなく、電話やオンラインでの相談に対応することで、利用のハードルを下げています。プライバシーに配慮された環境で専門家に相談できる場があるのは、従業員の心身の不調の早期発見や、不安の解消につながり、安心して働ける環境づくりに活かせるでしょう。
プレコンセプションケアの重要性が認識されつつある一方で、普及にはいくつかの課題も存在します。社会全体で取り組むべき課題と、企業が直面しやすい課題に分けて見ていきましょう。
まず、若い世代の人々が、性や妊娠、出産、あるいは自身の健康について疑問や不安を持ったときに、どこで正確な情報を得て、誰に気軽に相談できるのか、場所や方法があまり知られていないという課題があります。
学校教育での性教育は行われていますが、卒業後も継続的に学び、相談できる環境が十分に整備されているとはいえません。
また、プレコンセプションケアで扱う内容は、生活習慣、栄養、運動、メンタルヘルス、不妊など多岐にわたります。そのため、ケアを提供する医療従事者や相談員には、幅広い知識と最新の情報を常に把握しておくことが求められますが、そのための研修体制や情報共有の仕組みがまだ十分ではありません。
企業での課題としては、プレコンセプションケアという考え方自体がまだ比較的新しく、社会的な認知度も高くないため、企業内での取り組み事例がまだ少ない点が挙げられます。そのため、担当者自身も基本的な知識が不足していたり、「具体的にどのような施策を行えばよいのか分からない」と感じたりすることがあります。
何から手をつけるべきか迷う場合は、まずは従業員の意識を高めるための情報提供から始めるとよいでしょう。例えば、専門家を招いたセミナーの開催や、関連情報がまとめられた動画コンテンツの提供から始めるのもひとつです。
プレコンセプションケアは従業員の健康と企業の成長に不可欠であり、健康経営度調査でも注目されています。企業ができる支援はさまざまですが、認知度が依然低く、導入するには課題があります。
このような課題解決や従業員の知識向上のために研修や専門的なサポートが効果的です。プレコンセプションケアを含む女性の健康課題に関する研修や施策の実行支援に関心のある方は、ぜひフェムナレッジをご活用ください。
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