2025.06.25
現代の日本において、仕事が原因で心身に不調をきたす従業員は少なくありません。このような状況を受け、労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業所において産業医を選任することが義務付けられています。労働者数が50人未満の事業所においても、従業員の健康に配慮する義務があり、可能な限り産業医の活用を検討するのが望ましいでしょう。
しかし、「産業医とは具体的に何をする人なのか?」「通常の医師とはどう違うのか?」といった疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。本記事では、産業医の基本的な役割、相談できる内容、そして産業医を活用するメリットについて詳しく解説します。
出典:愛知労働局「安全衛生管理体制について」
産業医は、事業所において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的な立場から指導・助言を行う医師です。労働安全衛生法に基づき、職務内容が定められています。
具体的にどのような役割を担っているのか、基本的な職務内容について見ていきましょう。
産業医の職務は、労働安全衛生規則第14条第1項において、主に以下の9つが定められています。
● 健康診断の実施とその結果に基づく措置
● 長時間労働者に対する面接指導・その結果に基づく措置
● ストレスチェックとストレスチェックにおける高ストレス者への面接指導その結果に基づく措置
● 作業環境の維持管理
● 作業管理
● 上記以外の労働者の健康管理
● 健康教育、健康相談、労働者の健康の保持増進のための措置
● 衛生教育
● 労働者の健康障害の原因の調査、再発防止のための措置
これらに加え、原則として月1回の職場巡視を行い、実際の職場環境を確認するのも産業医の重要な役割です。このように、産業医は多岐にわたる専門的な活動を通じて、従業員の健康確保と企業の安全衛生水準の向上を支援しています。
出典:厚生労働省「産業医ができること」
「産業医」と聞くと、一般的な病院の「医師」と同じようなイメージを持つかもしれませんが、その役割や立場には明確な違いがあります。
まず、一般的な医師は、病気や怪我をした患者さんに対して、診察、検査、診断、治療といった医療行為を行うのが主な役割です。
一方、産業医は、従業員に対して直接的な診療行為(診察や薬の処方など)は行わず、従業員が健康に働けるように、医学的な知識を活かして企業・事業者と従業員の中立的な立場から助言や指導を行います。
もしも問題が見つかった場合には、従業員本人へのアドバイスだけでなく、企業に対して職場環境の改善提案や就業上の配慮に関する意見を述べることもあります。
産業医は、従業員の健康を守るための身近な専門家であり、さまざまな健康に関する悩みや不安についての相談が可能です。
相談は、対面での面談形式が一般的ですが、近年ではオンラインでの相談に対応している産業医も増えています。具体的にどのような内容を相談できるのか、主な例を2つ紹介します。
産業医には、身体的な不調や健康に関する気になること全般について相談できます。
「最近疲れが取れない」「肩こりや腰痛がひどい」などの具体的な症状はもちろん、「健康診断の結果で気になる数値があった」「生活習慣を改善したいけれど、どうすればいいかわからない」といった内容も相談の対象です。
前述のとおり、産業医は診断や治療といった医療行為は行いませんが、症状に応じて適切な診療科の受診を勧めたり、セルフケアの方法をアドバイスしたりするなど、健康問題に対する初期対応や、より専門的な医療機関へつなぐ役割があります。
病院に行くほどではないと感じる些細な不調や、どの診療科にかかればよいか分からないような悩みでも、気軽に相談できるのが産業医の利点です。
現代の職場では、長時間労働やハラスメント、職場の人間関係などが原因で、精神的なストレスを感じ、心身のバランスを崩してしまうケースは少なくありません。
産業医は、従業員の話を丁寧に聞き、状況に応じてストレス対処法のアドバイスを行ったり、必要であれば精神科や心療内科への受診を勧めたりします。
また、産業医は職場全体のメンタルヘルス対策においても重要な役割を担います。例えば、複数の従業員から同様のストレス要因に関する相談が寄せられた場合、産業医は個人のプライバシーに配慮しつつ、企業に対して職場環境の改善や再発防止策を提案できます。
従業員がメンタルヘルスの問題を抱え込まず、早期に相談できる環境を整えられると、本人の健康回復はもちろん、企業の視点で見ても、生産性の低下や休職・離職を防ぐ上では大きなメリットです。
産業医に従業員が相談しやすい環境を整えると、従業員本人だけでなく、企業にとっても多くのメリットがあります。具体的なものを4つご紹介します。
産業医は、医学的な専門知識に基づき、従業員一人ひとりの健康診断やストレスチェックの結果、持病の有無などを総合的に考慮し、各従業員の健康リスクを評価します。
そして、健康リスクが高い従業員や、健康上の不安を抱えている従業員に対して、生活習慣の改善指導、セルフケアのアドバイス、適切な医療機関への受診を勧めるなど、具体的な助言やフォローアップを行います。これにより、病気の重症化やメンタルヘルスの悪化を未然に防いだり、早期に対応したりすることが可能です。
このように従業員の健康を守ることは、企業の責務であると同時に、従業員の休職や離職リスクを低減し、安定した労働力の確保にもつながります。
「労働安全衛生法」によって、従業員50人以上の事業所では産業医の選任が義務付けられており、多くの産業医は定期的に企業を訪問し、職場巡視や担当者との情報交換を行っています。そのため、社内の組織体制、業務内容、職場の雰囲気といった内部事情について、ある程度の理解を持っています。
従業員が健康問題を相談する際、社外の相談窓口や初めてかかる病院の医師に対しては、会社の状況をいちから説明する必要があったり、「どこまで話して良いのだろうか」とためらったりすることもあるかもしれません。しかし、産業医は自社の状況をある程度理解しているため、従業員はより具体的な状況を踏まえて相談しやすく、安心感を持って話せる可能性があります。
産業医は、個々の従業員との面談を通じて、健康問題の背景にある職場環境や業務プロセスに関する問題点に気づきます。例えば、複数の従業員から「長時間労働が続いて体調が悪い」「特定の部署で人間関係のトラブルが多い」といった似通った相談が寄せられた場合、それは個人の問題だけでなく、組織的な課題を示唆している可能性があります。
このような場合、産業医は守秘義務に配慮しつつ、個人が特定されない形で、企業に対して具体的な問題点を指摘し、職場環境の改善や業務プロセスの見直しなどの提案が可能です。例えば、「特定の部署における人員配置の見直し」、「ハラスメント防止研修の実施」など具体的な提案が考えられます。
病気や怪我、メンタルヘルスの不調などが原因で休職している従業員がいる場合、産業医は、休職中の従業員や主治医と連携を取りながら、回復状況を確認し、職場復帰の可否や適切なタイミングについて、医学的な観点から判断に関わります。従業員本人との面談を通じて、復職に対する意欲や不安を聞き取り、配慮事項を検討します。
そして、従業員が就業可能であると判断した場合、産業医は「職場復帰支援プラン」の作成に関与します。このプランには、復職後の勤務時間、時間外労働の制限など、従業員の状態に応じた具体的な就業上の配慮事項が盛り込まれます。
企業はこの意見書を参考に、主治医の診断書や従業員本人の意向も踏まえながら、最終的な復職の判断と受け入れ体制を整備することが求められます。産業医による専門的なサポートがあると、従業員は安心して職場復帰を目指すことができ、企業は再休職のリスクを減らし、スムーズな復帰への道のりを歩めます。
従業員数が50人未満の事業所では、法律上、産業医の選任義務はありません。しかし、従業員の健康管理やメンタルヘルス対策は、企業規模に関わらず重要です。産業医がいない場合でも、従業員の健康相談に対応できる窓口やサービスがあります。代表的なものが「地域産業保健センター」です。
地域産業保健センターは、独立行政法人労働者健康安全機構が運営しており、従業員数50人未満の小規模事業所の事業者や従業員を対象に、以下のような産業保健サービスを、原則無料で提供しています。
● 健康相談窓口の利用
● 長時間労働者への面接指導
● 個別訪問による産業保健指導
● 産業保健情報の提供
しかし、法律上産業医の設置義務がない50人未満の事業所であっても、可能な範囲で産業医との契約を検討したり、上記のような外部サービスを積極的に活用したりするなど、従業員の健康を守るための体制を整えるのが望ましいでしょう。
出典:厚生労働省「産業医ができること」
出典:労働者安全機構「地域窓口(地域産業保健センター)」
産業医制度の運用や従業員への案内にあたって、疑問に思う点や従業員から尋ねられやすい質問についてまとめました。
産業医には、労働安全衛生法第105条と刑法第134条により、職務上知り得た個人の秘密を漏らしてはならないと定められています。
そのため、従業員が産業医に相談した内容は、本人の同意なしに会社に伝えられることは原則としてありません。
ただし、相談内容が、従業員本人または他の従業員の生命や健康に重大な危険が差し迫っていると産業医が判断した場合(例えば、自傷他害のおそれがある場合など)は、守秘義務よりも安全確保が優先され、必要最低限の情報が関係者に共有されることがあります。
出典:労働安全衛生法 「 e-Gov 法令検索」
出典:刑法 「 e-Gov 法令検索」
産業医面談は、下表のように、健康に関する心配事や疑問であれば、基本的にはどのような内容を話しても構いません。
| 体調に関すること | 肩こりや腰痛など、体の不調について |
| メンタルヘルスに関すること | 仕事のストレスや不安感、気持ちの落ち込みなど |
| 生活習慣に関すること | 禁煙、食生活の改善、運動習慣など |
| 健康診断やストレスチェックの結果に関すること | 結果の見方や数値の意味、再検査や精密検査の必要性、今後の健康管理についてなど |
| 職場環境に関すること | 長時間労働、作業環境、業務負担など |
| 治療と仕事の両立に関すること | 持病や怪我の治療を続けながら働く上での配慮事項など |
産業医は、これらの相談に対して専門的な立場からアドバイスを行います。また、もし相談内容が職場環境に起因し、複数の従業員に共通する問題であると判断された場合には、個人が特定されない形で会社へ改善提案を行ってくれる可能性もあります。
産業医との面談を、従業員に強制はできません。
例えば、健康診断やストレスチェックの結果で所見や高ストレス状態が認められたとしても、産業医との面談を希望しない従業員に対して、会社が面談を強制することはできず、本人の意思が尊重されます。
ただし、企業には従業員の安全と健康に配慮する義務があるため、産業医面談が従業員自身の健康を守るために有益な機会であると丁寧に説明し、面談を受けることを推奨・勧奨していくことが求められます。
この記事では、産業医の基本的な役割、一般的な医師との違い、相談できる内容、そして産業医を活用するメリットについて解説しました。
産業医との連携を強化し、その専門性を最大限に活用することで、従業員がいきいきと働ける職場環境を築き、企業の持続的な成長を目指しましょう。
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